ネマ~キファ 684Km(SS308Km)
280kmという長いリエゾンを走ってからのSSスタートになるため、今日のスタート時間はとことん早かった。眠い。
だけど、ついにモーリタニアに戻ってきた!
SSスタートまで1時間半・・・・。
周りを見渡すと、今日までの12日間を戦い抜いてきた競技者達が思い思いの格好で待ち時間を過ごしている。どの顔も疲労の色が濃いけれど、穏やかなオーラだった。ここまで走ってこれたことに満足しているからだと思う。日本人ナビの集団を見つけ、さっそく輪の中に入れてもらい、今から始まる戦いに向けてあれこれと話をした。
モーリタニアといえば、去年、私達が飲み込まれた砂丘群だ・・・・。
だんだん蘇る記憶・・・・。
去年、初めて体験する砂丘越えを前に、あるベテランドライバーから緊張感がなさすぎるとお叱りを受けたことを思い出した。
「そうやって浮かれていられるのも今のうちだ。だが、すぐに泣き顔になるぞ。俺を見てみろ。俺は砂丘群が怖い・・・」
今は、あの時の彼の「砂丘群に対する恐怖心」を理解できる・・・・。
素直に「私も怖い」と声に出して言える。だが、その恐怖心と、この砂丘群を超えないと、ダカールの海は見られない・・・・。スタート時間が近づくにつれ、段々と緊張感が増してきた。
「あれ?らしくないね~。珍しく緊張してる?」横川氏が話しかけてきた。
「去年のことを思い出してて・・・。ちょっとね。それより、長谷見さん、やっぱり凄いね!」
長谷見氏は昨日のSSで9位をたたきだしていた・・・・。このままいけば初参戦で15位以内に入れるかもしれない。
「当然だ。彼はレースをしているんだ。完走なんか狙っちゃいない。その日のSSで常にベストタイムを出すことだけを考えている。そこがプロとアマチュアの違いだ」
いつもひょうひょうとしている横川氏の言葉が重かった。すごく良いことを聞いたような感じがした。
そうか、そうだよな・・・・。
どこに目標を置くかでそれぞれの戦い方って変わってくる。私たちは最初から完走しか狙っていないし、順位は後からついてくると思ってふしがある・・・・。でも、いいんだ。この戦い方でもいい。
ひとり頷きながら、私たちは私たちなりにベストな戦い方をしてきたと確信した。
だから、こうしてここにいるのだ。
この一瞬の思考のおかげで緊張感が闘志に変わった!! 絶対に戦いきってみせる!!
SSスタートから105Km地点。
今日の難所である30Kmも続く砂丘群が現れた・・・・。
GPSで位置や方向を確認しながら砂丘を超えていく。超えると、また砂丘。そして、また砂丘。
・・・・そうやって一つ一つをクリアーしていく。
友川は見事にラインを読み取り、スタックしないように進んだ。アクセルワークも、シフトの切り替えも完璧で、砂漠の神を見方にしたかのような走りだった。
うなるエンジン音・・・。青い空・・・・。オレンジ色の砂・・・・。それだけの世界が果てしなく続いていた。
いつしか顔見知りのフランス人チームと2台でコンボイを組むように走っていた。難しい砂丘を超えると、前を行くマシーンからにょっきりと親指を立てた太い腕が現れる。友川の健闘を称える「よくやった!」というサインだ。・・・・パリダカには、いかした人間がたくさんいるのだ!
その彼らが突然目の前でスタック。慌てて彼らのマシーンを避けるように進むと、そこにも2台のマシーンが砂に埋もれていた。そして、私たちも・・・・。
モーリタニアの砂は細かい。砂をどかしても、何度掘っても、無情にもサラサラと元に流れ落ちていく。きりがない。掘り続ければいつかは出られる・・・・そう信じるしかない作業だ。
「ねぇ、あの人たち、写真撮ってるよ」
その言葉と、友川の笑顔に救われた。
そうだった。どうせ同じことをするなら楽しまないと損だ。カメラは出せなかったけど、代わりに空のペットボトルにオレンジ色の砂を詰め込んだ。今でも、ここの砂が私の一番の宝物になっている。
1時間近く砂を掘り続け、ようやく砂から脱出した。
砂に埋まったスタックボードを掘り起こし、それを抱えてマシーンを追いかけ、息を切らしながらナビシートに乗り込んだ時、友川が優しく呟いた。
「初めてあんたと2人で砂に勝ったような気がする。」
・・・・私は無言でうなずいた。
今日のステージでは、砂漠の神は他の競技者達にも様々な試練を与えたようだ。
砂丘群を超えてすぐに、同じ三菱インターナショナルチームから参戦しているタイのポンサワン氏とトゥン氏が止まっているのを見つけた。
「去年の君たちと同じだ。クラッチにトラブルが起きた」
いつもニコニコしているナビのトゥンさんが、埃だらけになった顔をしかめながらそう言った。
昨日はSSを2位でゴールしたと嬉しそうに報告してくれたのに・・・・。いつも私たちを気遣ってくれていた仲間が、ダカールを目の前にリタイヤしてしまう?
去年感じた悔しさが体中に駆け巡った。
・・・・不覚にも涙を抑えることができなかった。
「俺より先に泣くな。さぁ、行きなさい。この先は楽なはずだから・・・・。着いたらここのGPSポイントを監督に伝えるのを忘れるなよ」
彼らの手をギュッと握りしめながら、
「わかってる」
としか言えなかった。
しばらく無言・・・。
そしてSSの出口・・・。絶好調だったはずの長谷見氏のマシーンが止まっている。
「いやぁ~、まいったよ。2駆になっちゃってさぁ。砂漠で3時間止まってたよ」
・・・・・砂漠の神は本当に気まぐれだ。
レース12日目。残すところ後2日・・・・。
今日の順位は67位。総合は54位。
毎日を大事に積み重ねていたら、ここまでこれた・・・・。